いかや7代目の太郎

「それにしても、天草は広いなあ」
と、つくづく実感した。

小学三年生になった、長男太郎がイカを釣りたい、と言い、
釣船を紹介してもらったのだが、
その船長さんが大矢野島の串漁港というところに船を係留しているという。
ふだん、私は天草の隅から隅まで知っているつもりでいるが、
聞いたこともない港だった。

早朝6時に下田温泉の自宅を出て
まだ夜の明けない道を迷いながら、ようやく指定された港に着いた。
朝靄のなかに多くのヨットが係留されている初めて見る串漁港は、
どこか外国の別荘地のような雰囲気のなかなかいい感じの港だった。
やがて、船は出港し、右手に雲仙普賢岳、
左手には、天草上島の普段見慣れていない逆からの風景を眺めながら、
湯島沖合を目指した。

↑朝もやに浮かぶヨットのマストがとてもきれいだった

 

湯島は、別名談合島とも呼ばれる。
1637年、天草島原の乱において、幕府軍の目を逃れて、
天草四郎を中心とする一揆勢は、この湯島で作戦の練合、
つまり談合をしていたという史実からそう呼ばれている。

湯島付近には、今はタイ釣りの船団で賑わっていたが、
我々は、餌木を底に沈めて、モンコウイカを狙う。

「イカを釣りてえ」
と、毎日呪文のように唱えていた太郎が頼もしかった。

いかやの7代目の太郎が、ほかの魚ではなく、
とにかくイカを釣ってみたい、と言うのが私にはうれしかったのだ。

私は、下田温泉の旅館伊賀屋の6代目であるが、
もともとは、江戸時代にイカ専門の海鮮問屋だった。
明治時代になって、いかやという旅館を始めたのだが、後に伊賀屋と改名した。
だから、イカは、山崎家にとっては特別身近な魚で、
私の父もよく自ら船を操って、アオリイカを釣って来、
それは決まって深夜で、母が刺身にしてくれたイカを兄弟争って食べたものだ。
「おいしい、おいしい。やっぱり釣りたてのイカはうまかねえ」と喜びながら。
それは、太郎にも遺伝していた。
太郎が重そうにリールを巻きあげると、いい型のモンコウイカが水を噴出した。
笑顔いっぱいで、「釣れたあ!」と叫ぶ太郎の喜ぶ姿を、私は、目に焼き付けた。
楽しい、実に楽しい休日だった。

↑父は餌木を手作りしていた。餌木を持つ太郎の姿に父を思い出した

 

港に戻ると、私は、太郎に
「今度は、でかいタイを釣りに行こうか」と言うと、
太郎は、「今度はアオリイカを釣りたい!」と言いながら
竿をシュッ、シュッとしゃくって見せた。

↑釣果はモンゴウイカ20杯。家族みんなでイカを楽しんだ

 

*****

熊本県・天草市・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州・熊本の雲仙天草国立公園にある、全室源泉かけ流し天然温泉の露天風呂付き離れの宿です。生ウニや伊勢エビやアワビなど、旬の地魚を使った懐石料理や天草産の天草大王・天草黒牛が人気。白秋らの紀行文「五足の靴」が名前の由来。

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