猿の惑星:聖戦記

私は、「猿の惑星:聖戦記」を観ながら「これだ!これだ!」と、
そのシーンを見るたびに何度もうなずいていた。

先週、「アウトレイジ」を観た時に、
銃口を突き付けられた人が狂ったように命乞いをするシーンを繰り返し見て、
そういえば、近年の映画では銃口を突き付けられると、
どんな役柄であっても大きく取り乱すのが常だな、
と気づいたのだが、帰宅し、テレビをつけた時に、
建築家の安藤忠雄さんがこんなことを言っていた。

「この前、病院で重い病気を宣告され
余命がどうのこうのとなったら、周りの人たちが怖くないですか、
とかいろいろ聞いてくるんですね。
でも、僕は、これまで一度も自分の死について考えたことないんですよ。
だって一度死んだらもう考えられないでしょ。
死んだ後では。
人間が2度も3度も死ぬんだったら考えることもあるでしょうね。
初めての死はこうだったから2回目はこうします、とかね。
でも、死んだらもう考えることはできないんだから
死というのは考える対象ではないと思うとるんやね、僕は。
死というのは僕にとってしゃあないことなんやね。
考えようがどうしようがしゃあないことやね」

「猿の惑星:聖戦記」では、
銃口を突き付けられて全く慌てない人と猿ばかりであった。
そこには非常に強いリアリズムがあった。
そのことによって演出家は、銃口を突き付けられた者たちの
心の奥底からの叫びが現実化することが
如何に正当性を持つものであるかということを訴えることに
成功していると感じた。

誤解がないように結ばなければならないが、
私は、あくまで映画のなかのことを今、書いている。
現実には、私などは、銃口を突き付けられたならば、
ションベンちびって
ピストルを打たれずとも心臓が止まって死んでしまうだろう。

 

↑動じない自分でありたいのだが、実際は・・・

↑銃口を向けられただけで倒れてしまうんだろうな・・・

 

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