ゴミひとつない西平椿公園 

お客様によくこのような質問を受ける。
「こんなに山の中で、よく旅館をしようと思われましたね。
管理が大変でしょう?」と。
決まって私は、笑いながらこのように答える。
「とにかく葉っぱの処理が大変です」

昨年10月にアルバイトで入社してくれた三上君という
18歳の男性が外回りの清掃を中心とした業務で大活躍してくれた。
ちょうどそのころ、
マキノという会社から電動のブロアが発売され、購入した。
風力を利用して葉っぱを飛ばしながら、一か所に集めて処理するのだが、
若い三上君は有り余る体力と仕事に対する真面目さで、
いつもこのブロアを片手に葉っぱの処理を実によくやってくれた。
その三上君が事情により先月末で退職することとなり、
困っていたところ、近くの富岡から応募してくれた方々がいた。
二人は義理の兄弟で、若いころ、大阪で共に中華料理店を営まれていたらしい。
たしか、77歳と75歳と高齢だが、髪は職人らしく短く刈り込み、
服装も面接のときは、スーツ姿だった。
なによりも、背筋がピンとしていて頼もしい。
三上君から仕事を引き継ぎ、元気にブロア片手に
葉っぱの処理に精を出してもらっている。

ところで、3月3日、西平椿公園で「あったか天草椿まつり」が開催された。
天草に春をつげる催しだ。
たいへん賑わったらしい。

私は先日の撮影会でこの公園を訪れたときのことを思い出した。
カメラマンとともにそうとうな距離を歩いたが、
どこもかしこも「ゴミひとつない」徹底したきれいな環境づくりをしてある。
これは、一朝一夕にできるような掃除ではない。

この集落の人たちは、古くから自生するヤブツバキを大切にしてきた。
搾油した椿油は、当時、高値で取引され、生活の糧でもあった。
平成の大合併以前の天草町時代には、西平椿公園として整備され、
ささやかな搾油の工場も新設された。
また、眼前に見える大ヶ瀬、小ヶ瀬付近の豊饒の海は、
熊本県下初の海中公園にも指定されている。
現在、この公園は、集落の有志の人たちが天草市の指定管理者となり、
一帯の面倒を見られている。
もう老人といってもいいような方々ばかりだ。
しかし、その仕事ぶりは、若い者に負けてはいない。
いや、これまでの人生で確実に実を績んできた者にしか、
このような根気のいる仕事はできないのかもしれない。

私は、鏡の前に立ち、自分の顔をしげしげと眺めた。
今年で、五足のくつは17周年を迎える。
それは、確かな時の流れだった。
その時の流れは、
私の顔にしわの一本一本となって刻まれているのを確認した。

 

*****

熊本県・天草市・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州・熊本の雲仙天草国立公園にある、全室源泉かけ流し天然温泉の露天風呂付き離れの宿です。生ウニや伊勢エビやアワビなど、旬の地魚を使った懐石料理や天草産の天草大王・天草黒牛が人気。白秋らの紀行文「五足の靴」が名前の由来。

アコウの木

天草大江の西平椿公園の「石を抱くアコウの木」が今、SNSで話題となっている。
映画「天空の城 ラピュタ」に登場する木に似ているところから、
「ラピュタの木」と呼ばれ、パワースポットにもなっているそうだ。

今から10年ほど前、
私は、雑誌の取材のロケハンに同行して、天草を案内した。
その折、この「ラピュタの木」の横を歩いて、
その下に広がる海岸を撮影したらどうか、という提案をしようと思っていた。
ところが、一緒に歩いていたカメラマンが、突然、声を張り上げた。

「編集長!この木の特集版にしましょうよ。
これは凄い。生命力が尋常じゃあない。
木に籠る意志の力というか、大自然の怒涛のパワーが訴えかけてくる。
これは凄いですよお」
と言いながら、シャッターを切り始めた。

私は、それまでこの木を特別意識したことはなかったが、
言われてみると、
たしかになんらかの意志のようなものが感じられるような気もした。

結局、その雑誌で、
「ラピュタの木」が採用されることはなかったけれども、
あらためて、天草にとってアコウの木というのは、
特別な意味があるのだ、と思った。

昔、天草の港には、必ず立派なアコウの木が育っていた。
根強い力があるので、船を係留する目的で、植えられていたのだ。
だから、五足のくつの門の前にもアコウの木を植えて、永年の繁栄を祈願した。
今では、大いに成長し、よくお客様に
「この木は、初めて見ますが、なんという木ですか」と尋ねられる。

↑五足のくつのエントランスにあるアコウの木

 

春と秋の二回、葉が落ちてわずかな間、ピンクの花が咲くが、
すぐ散って、すぐに実がなる。そしてぐんぐん大きくなる。

そっと木肌に触れてみた。
指先から、「交歓」という普段使いなれない単語が伝わってきた。

共に生きる、貴重な存在だ。

 

 

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いかや7代目の太郎

「それにしても、天草は広いなあ」
と、つくづく実感した。

小学三年生になった、長男太郎がイカを釣りたい、と言い、
釣船を紹介してもらったのだが、
その船長さんが大矢野島の串漁港というところに船を係留しているという。
ふだん、私は天草の隅から隅まで知っているつもりでいるが、
聞いたこともない港だった。

早朝6時に下田温泉の自宅を出て
まだ夜の明けない道を迷いながら、ようやく指定された港に着いた。
朝靄のなかに多くのヨットが係留されている初めて見る串漁港は、
どこか外国の別荘地のような雰囲気のなかなかいい感じの港だった。
やがて、船は出港し、右手に雲仙普賢岳、
左手には、天草上島の普段見慣れていない逆からの風景を眺めながら、
湯島沖合を目指した。

↑朝もやに浮かぶヨットのマストがとてもきれいだった

 

湯島は、別名談合島とも呼ばれる。
1637年、天草島原の乱において、幕府軍の目を逃れて、
天草四郎を中心とする一揆勢は、この湯島で作戦の練合、
つまり談合をしていたという史実からそう呼ばれている。

湯島付近には、今はタイ釣りの船団で賑わっていたが、
我々は、餌木を底に沈めて、モンコウイカを狙う。

「イカを釣りてえ」
と、毎日呪文のように唱えていた太郎が頼もしかった。

いかやの7代目の太郎が、ほかの魚ではなく、
とにかくイカを釣ってみたい、と言うのが私にはうれしかったのだ。

私は、下田温泉の旅館伊賀屋の6代目であるが、
もともとは、江戸時代にイカ専門の海鮮問屋だった。
明治時代になって、いかやという旅館を始めたのだが、後に伊賀屋と改名した。
だから、イカは、山崎家にとっては特別身近な魚で、
私の父もよく自ら船を操って、アオリイカを釣って来、
それは決まって深夜で、母が刺身にしてくれたイカを兄弟争って食べたものだ。
「おいしい、おいしい。やっぱり釣りたてのイカはうまかねえ」と喜びながら。
それは、太郎にも遺伝していた。
太郎が重そうにリールを巻きあげると、いい型のモンコウイカが水を噴出した。
笑顔いっぱいで、「釣れたあ!」と叫ぶ太郎の喜ぶ姿を、私は、目に焼き付けた。
楽しい、実に楽しい休日だった。

↑父は餌木を手作りしていた。餌木を持つ太郎の姿に父を思い出した

 

港に戻ると、私は、太郎に
「今度は、でかいタイを釣りに行こうか」と言うと、
太郎は、「今度はアオリイカを釣りたい!」と言いながら
竿をシュッ、シュッとしゃくって見せた。

↑釣果はモンゴウイカ20杯。家族みんなでイカを楽しんだ

 

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2018年夏、天草のめでたい話

2028年の天草での慶事について、
「長崎天草地域の潜伏キリシタン関連遺産」が
正式に世界遺産に登録されたこと。
ミシュランガイドに五足のくつや伊賀屋を含め
天草の旅館やお寿司屋さんが掲載されたことを
前回、このブログに書いたが、
今朝、地元紙を開いたら、
またもうひとつ天草のめでたい話題を発見した。

天草の第一映劇という映画館が存続することが発表されたというのだ。

実は、今年のゴールデンウイークに
五足のくつの常連のお客様のF様から、
「第一映劇が6月で閉館になるそうですよ」と教えていただいていた。
F様は、たいへんな映画通で、五足のくつにご宿泊のときも、
よく第一映劇に足を運ばれていた。
「そうですか。残念なことですね」
私も、天草においての心地よい時間を過ごせる
大切な場がなくなることが悔やまれた。

ところが、である。

なんと天草市が、第一映劇の入るビルのオーナーと直接交渉し、
加えて建物を安全にするための工事まで肩代わりして、
劇場を存続させることにしたという。
天草市は「全国的にも貴重な映画館であり、文化的価値が高い」と
判断したそうだ。

あっぱれ!である。
このような自治体の名判断は近年稀にみる素晴らしいものではなかろうか。

工事後の再開は、今月28日だそうだ。
楽しみである。柿久支配人の目に適った映画がまたこれからも、
この天草の日常のなかで鑑賞できることが何よりもうれしく感じる。

平成30年7月16日の熊本日日新聞に存続の記事が掲載された。うれしい!!!

 

 

 

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7月〜8月中旬までは「とろける生ウニまつり」開催中! ⇒⇒

天草南蛮柿

「天草では、イチジクのことを南蛮柿と呼ぶんですね。
今、いただいた夕食の献立のデザートに
『南蛮柿のコンポート』と書いてあるから何のことだろうと思って、
係りの人に聞いたらイチジクっていうじゃない。
無花菓って書くことは知っていたけれども、
南蛮柿って書くのは初めて知ったわ」

夕食から戻られ、バーに立ち寄られたお客様が
支配人の中川とカウンター越しに会話を楽しまれている。

中川は、
「天草では、キリスト教が伝来した頃に、
ヨーロッパの宣教師からイチジクはもたらされたものと伝えられておりまして、
その言い伝えから南蛮柿と呼ぶようになったと聞いています。
明治期以降、禁教令が解かれて以降は、
フランスの宣教師が来られるようになりましたが、
﨑津教会に赴任されたハルプ神父様は、
じゃがいもやクレソンを伝えて下さいました。
じゃがいもは、せんだご汁として今も天草の家庭料理としてポピュラーですし、
クレソンは天草各地で自生していて
最初は胃腸薬として教えていただいたそうですよ。
クレソンのことは天草では『西洋セリ』と呼んでいます。
きっとセリのように川辺に自生するからでしょうね」

「あら、今日行った大江教会の神父様も
フランスから来られたという説明をうけましたよ」

「そうです。ガルニエ神父様もフランスから来られて
大江の地で亡くなりました。
その頃、まだ15,6歳のフランスの神学校で学んだ宣教師が
世界各地に派遣されたらしいのですが、
その半数は、航海途中に亡くなられたそうです。
そして、それぞれの赴任地か
ら一生フランスに帰ることなく亡くなられていたそうです」

「天草って独特の奥深い歴史があるみたいね。また、来てみたいわ」

「ちょうど今、天草南蛮柿フェアというのを
市内のお菓子屋さんでやってますから
明日、イルカウオッチングの後にでも行かれてみたらいかがでしょう」

「そうね、何軒か回ってみようかしら」

天草での数百年以前の出来事が
今なお、私たち天草人の生活を潤してくれていることが私には感動的だった。
天草に生まれた私は、天草を表現した宿をつくることができて、
そこに全国からお客様がお越しくださる。
こんな幸せ者はそういないのではなかろうか。

感謝だ!!

 

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↑五足のくつで出しているデザート「南蛮柿コンポート」

 

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↑ケーキショップ『維新の蔵』の南蛮柿ロールケーキ

 

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↑黒瀬製菓舗へお彼岸のお菓子を買いに行った。南蛮柿フェアでにぎわっていった

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↑黒瀬製菓舗の南蛮柿入りどら焼。どら焼きは母の好物だった

 

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↑天草の中心部にあるケーキ屋「季の実」の南蛮柿入りのバスク

 

 

 

 
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台風の効用

25年ほど前になるが、台風がまったく来ない年があった。
その翌年の春先、とても珍しいことだが、
天草保健所管内で食中毒が発生した。
その新聞記事を見た母が、言った。

「これは、去年、台風の来んだったけんばい。
台風は、洗濯機のごつ海底から撹拌して海のなかをあらってくれるけんね。
そして、たしか中国の揚子江沿いの地域で大洪水の起きて、
いろんな汚物の流れて来て
東シナ海が汚染されとったていうニュースもありよったけん、
これも原因のひとつじゃなかろうか」

たしかに、揚子江が氾濫し、
下水が整備されていない中国の村々から汚物が流れ出し、
東シナ海に漂っているというニュースを私も見た記憶があった。

そのときの食中毒の原因について公式な見解が発表されたわけではないので、
確かなことはいえないが、
このときの母の見立てはあながち間違ってはいないような気がした。

それ以来、私は台風にも効用があるのだと思うようになった。

旅館業者にとって台風はじめ、
地震や豪雨などは、ほどほど勘弁願いたい、と思うものであるが、
何事にも効用がある、いや起きたことをきっかけにして
心をプラスに転じようとすることが知恵の源なのであろう。

 

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↑先日の台風18号が通過したあと、9月17日の夕日。
夕日や空の美しさも台風の効用のひとつだと思う。

 

 
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台風報道

台風18号も、実はたいしたことはないだろう、
と私は経験上、思っていた。
ここ20数年、天草には大きい台風は来ていない。

意外に思われるかもしれないが、
台風は、天草直撃の進路予想のときは、ちょっと風が吹く程度で終わる。

そこで思うのだが、テレビの台風予想図の書き方を
もう少し工夫を凝らしたほうがよくはないだろうか。
そうしないと「オオカミ少年」の話通りの事態が起こりかねないと思うのだが。

今朝も天草の牛深港からの実況を、
ヘルメットをかぶった男性が大声で、
「大変だあ」と言う感じでテレビ放送していたが、
彼の周りを見渡すと、風の吹く様子も雨も映っていない。

今年の一つ前の台風の実況のときは、
「だんだんと海の水もこちら側へ増えてきました」とレポーターが言っていたが、
それは潮が満ちてきただけのことで、
台風の勢力が増したためではなかった。

もしかしたら、お客様方も、台風の進路などについて
専門家並みの知識と分析力を持たれているのかもしれない。
先日からの台風18号九州直撃報道にも関わらず、
五足のくつも伊賀屋も公共の交通機関を使う必要のない、
つまり車で来ることのできるお客様は何組か泊まられている。
ありがたいことだー

昔は、天草は台風銀座とも呼ばれ、台風の予報が出ると、
何日も前からベニヤ板を窓枠に打ち付けたりしていた。
当時は、南西の方向から天草沖を通り、
朝鮮半島へ抜けていく進路の台風が多かった。
この進路の場合、反時計回りの風の力が強く、
風速70メートルという途轍もない風が吹いていた。
だが、どういうわけか、ここ20数年、この進路の台風は来ていない。

そういえば、昔は、台風が来るときは、ロウソクや、懐中電灯を準備していた。
停電していたからだ。
だから、伊賀屋では両親と姉、弟と私の5人で、早めの夕食をとり、
台風に備えていた。

あの頃の家族皆一緒にいることの安心感。
幸福感。
親密感。

私は、今でも台風の報道に接すると、
心のどこかに温かい、人生で一番大事なものに触れた感じがする。

 

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↑今日9月17日、午後3時30分、ヴィラCのカフェテラス。
今朝の大雨はやみ、15時にはこんなに晴れていた。
こういう天気の夕日は実に美しい。夕暮れが楽しみだ

 

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↑遊歩道カフェから望む東シナ海
すでにチェックインされたお客様が気持ちよさそうに過ごされていた

 

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↑数十年前、南西の方向から天草沖を通り、
朝鮮半島へ抜けていく台風が通った際は、
海は荒れ狂い、恐ろし瀬の岩まで潮をかぶっていた

 

 
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天草のイルカウォッチングをはじめた長岡さん

伊勢海老まつりが名物となった天草下田温泉だが、
そのはじまりのころ、私は下田温泉観光案内所の設立に奔走していた。

当時は、他の天草地域の町おこしグループなどともよく会合を持ったり、
食事をしたりしたものだ。
忘れられないのは、イルカウオッチングを始めた長岡さんだ。

生まれは高知県と言っていた。
私よりも10歳ほど年上だったが、
初対面のときから旧知の仲間のように話すことができた。
そもそもは、天草の通詞島に塩作りに単身移住してきたのだ。

そういえば、天草で塩作りを始めたのも彼ではなかったか。

彼が最初に私に話したことは今でもよく覚えている。
「山﨑なあ、通詞島の一軒家を借りているけど、いいところだぞ。
まず、食い物に困らん。漁師の友達がなんか必ず持ってきてくれる。
ビールだけ用意しとけば面白い話をたくさん聞かせてくれる。
ある時、飲みながら、こんなことを一人の漁師が話してくれた。
今日もイルカの群れに出会って漁にはならんやった。
あいつら、小魚食いまくるからなあ。
そこで、俺は言ったんだ。
おまえの漁船に客を乗せて、そのイルカの大群を見せるツアーをやったら
必ず都会から大勢の人が押し寄せるぞ」

長岡さんの言葉を真に受ける地元の漁師はいなかったが、
彼は、さっそく独断でNHKに連絡を取り、取材日を決めてしまった。

当然、野生のイルカの群れは記者や、カメラマンを圧倒した。
そして、放映されると、町役場や漁協に問い合わせが殺到し、
急きょ、「イルカウオッチンセンター」という看板をこしらえ、
水産加工所の二階に電話を引き、鳴り止まない電話との闘いの日々が続いたそうだ。

今では、天草の観光資産としてきわめて貴重なイルカウオッチングであるが、
長岡さんは、今は南の島に暮らしているという話を風の便りで聞いた。

突然、訪ねて酒でもゆっくり飲もうか、と思うが、まだその機会はない。
きっと彼は、それが当然のように驚くこともせず、ニコニコ笑いながら
「どうだ、調子は!」
と、私に話しかけるはずだ。

1

↑天草の海には昔から約300頭のイルカの群れが暮らしている

 

2

↑漁船に乗ってイルカに会いに行く「イルカウォッチング」は大人気。
天草は世界七大ドルフィンスポットのひとつで、
出航して10分、いや5分足らずでイルカの群れに出逢える。
その確率は一年を通してなんど99%だそう

 

 

 

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天草ランチ事情

東京出身の五足のくつ女性スタッフの伊藤が、
満面の笑顔で私に話しかけてきた。

「イルカウオッチング行ってきました!!素晴らしかったです。
はるかに私の予想を超えてました。
あんなにたくさんのイルカを見られるとは思ってなかったです」

「イルカウオッチングについては天草は世界一ってわかった?
わずか数十分でイルカを見つけて
ほぼ100%見られるなんて世界中さがしても天草以外にはないよ。
それにあの熊本地震以来、頻繁にジャンプしてくれるしね。
ところでイルカウオッチングの埠頭そばの、
珊瑚礁のカレー食べた?」

「食べました。私は、渚カレー。
一緒に行った他のスタッフはスーパーカツカレーとか。
とってもスパイシーで美味しかったです」

「あそこのカレーは、薬膳料理みたいで、食べてから1時間くらいすると、
またすぐにお腹が空くから、そのときは、このハンバーガーだよ!」
と、私が買ってきた天草のハンバーガー屋さんの袋を見せると、伊藤は、
「それも食べてきたんですよ!
カレーも手作りハンバーガーも天草はすっごくリーゾナブルですよね!」

「それは、あなたが東京からやってきたからそう思うだけで。
天草の人にとっては結構な出費だと思うよ」

こんな話をしながら、だんだんと天草のランチ事情も変わってきたな、と私は思った。

以前だと、お寿司屋さんが主流だったが、
お客様自らで情報を集め、さまざまなお店に行かれている。
さきほどのハンバーガー屋さんも3代続く牧場主なのだが、
自分の代でより直接にお客様に商品を届けたいという思いから開業したらしい。

私は、五足のくつの常連のお客様から珊瑚礁のカレーを食べて、
すぐにこのハンバーガー屋さんで更にランチするという体験談を聞いたばかりだったので、
伊藤の話が妙に納得できた。
天草ってなんて恵まれた島なんだろう。

 

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↑天草は世界七大ドルフィンスポットのひとつ

 

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↑BIG DREAMのハンバーガー、おいしかった!

 

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↑BIG DREAMの店主。自身の牧場の肉を使っている

 

 

 

 

 

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↑TAIYOというスーパーの駐車場で営業中。天草のドライブ途中におすすめ!

 

 

 

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水戸岡鋭治さんの講演 その2.

工業デザイナーの水戸岡鋭治さんは、講演の冒頭、こう言われた。

「私のアイデアの源は、私自身から出たものではありません。
私を取り巻く様々な人たち、
これまで導いてくれた仲間や同僚、そのような人たちが
私にどのようにデザインをすればお客様に喜んでもらえるか、
を教えてくれるのです」

正直な人の力強さ、ウソをつかない人間のまっすぐさのようなものを
私が感じている、まさにその時の発言がこうであった。

「私は、すべてを正直に話します」
昭和22年の生まれと言われていた。今年、70歳だそうだ。

実は、私は6-7年ほど前に一度お会いしたことがあった。
JR天草三角線の「A列車で行こう」の計画が進められている頃、
わざわざ五足のくつを見学に来られたのだった。
気さくで、尊大ぶったところが全くない方で、
好印象を持ったことを今でもよく覚えている。

その頃、JR九州の「A列車」担当の方々も足繫く五足のくつに来られていた。
支配人の中川は、JR九州さんに対して、
「A列車で行こう」計画へのアイデア提言集を請われて提出したりもしていた。
今、思えば怖いもの知らずだったのだろう。

地元メディアでA列車の話題が盛り上がり始めた頃、
A列車の試乗会の招待状が届いた。

支配人の中川と出掛けると、
JR九州の担当の職員の方々数人が爽やかな笑顔で丁寧に出迎えて下さり、
こう言われた。

「五足のくつさんをパクってしまいました!」

「ありがとうございました!」
即座に中川がこう答えたのを聞いて、皆、爆笑した。

A列車のAは、あまくさのAとおとな(Adult)のAだと聞いたが、
やはり、天草を表現した列車であれば、
五足のくつのデザインにならざるを得ない、と私は今でも思っている。

 

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↑A列車のテーマは「大航海時代の天草」だそうだ

 

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↑A列車はBARのある列車でハイボールが人気だとか

 

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↑車窓には海が広がる。この見え方が五足のくつのBARを思わせる

 

 

 

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