長崎へ その3.ター坊との楽しい時間

 

「ほんとにうまい寿司だった。大満足!」
と、私が言うとター坊は、
「今度は家族で来てよ。席は4つしかないけど、どうにかなるど」
と言ってくれた。
久々の従弟との楽しい時間だった。

少しひんやりとした秋の気候が心地よく、
せっかく長崎へ来たのだから、
ちゃんぽんを食べて帰ろうと思い、中華街へ行った。
コクのある長崎ちゃんぽんでお腹を満たした後、
市内中心部を少し散歩した。

私が幼い頃は、天草で放映されるテレビは長崎の放送局からだったし、
中学生時代に熱中した深夜放送のラジオも長崎放送だった。
だから、アーケード街を歩いていると、
コマーシャルで聞き覚えのある店名ばかりで懐かしかった。

その後、タクシーに乗り、行先を茂木港と伝えると、
運転手さんは「旧道で行ってよかですか」と言う。
「よかですよ」と伝えた途端、運転手さんはアクセルを踏み込み、
横幅が車一台分しかない急な坂道を思いっ切り登り始めた。
途中、お尻がムズムズするようなスリルを味わいながら私が、
「この道は、よその人は運転できないでしょうね」と言うと、
「長崎市内の道路の6割は坂道なんですよ。慣れないと大変ですね」
お陰で20分ほどの道のりを退屈せずに済んだ。

茂木港の乗船券売り場へ行くと、昨日の悪夢がまた甦った。
係りの今度はちょっと若い人が
「どっちですか」と私に尋ねてきた
。私は今回は、はっきりと「シルバーではないです」と答えた。
この珍事を笑いながら絆号に乗船し、僅か40分の船旅を楽しんだ。

だんだんと近づいてくる美しい富岡城を眺めながら、
一足早い秋の行楽を楽しめたことに心から満足した。

 

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↑ヒロ坊(私)、タケ坊(弟)、ター坊(いとこ)と
今も子ども時代と変わらず、互いにそう呼び合っている

 

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↑上の写真のヒロ坊は、こんなに大きくなりました!

 

 

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↑茂木港では地域おこしか、海鮮物や野菜がたくさん売られていた。
どれも新鮮でおいしそうだった

 

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↑待合所ではそうめんを食べる人が!
おいしそうだったなあ

 

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↑この男性からも「どちらですか?」の衝撃の質問が!
ター坊の寿司のおかげで今朝は写真を撮る心の余裕があった。
でもきっと少しでもお得になるようにとの
親切心から言ってくれたんだろうと思った。

 
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長崎へ その2.寿司 好 (すしよし)

長崎の叔母の仏壇に手を合わせた後、
挨拶も早々に従弟で同じ年のター坊は、
私を自身の店『寿司好』のカウンターに導き入れてくれた。
まずは、エビスビールを一杯。

『寿司好』は、
長崎近郊の小江原ニュータウンのひっそりとした住宅街の中に佇む名店だ。
カウンター席わずか4席。
地元のお客様の支持は厚く、出前にも対応している。

「東京のお寿司屋さんの香りがする。
九州の寿司屋でこの香りのするところはなかばい。
もう開店してから何年たった?」

「24年ばい。ずーっと現役でおりたかばってん、
こういった小魚ば扱いきらんごつなったら終わりやろうね」

ター坊が握る準備を始めると、傍らにいた奥さんのクニ子さんが、
「あら、つまみからじゃなかと」と言ったが、
ター坊は、「ヒロ坊は、握りば食べに来たとやもん」と言って、
さっそく子イカを握り始めた。
次は、メダカガレイ。
カウンター越しにうまい寿司が次々と出てくる。

3匹の真子ののった握りは、最高だった。
「これが一週間寝かせた真子。これは、今日揚がった真子。
くらべてみて。全然違う握りになるど?」
確かに。私は、酒を飲みながら出された握り寿司を完食した。

その間、懐かしい幼い頃の話に花が咲いた。
亡き叔母の思い出を語り合い、
初盆参りの目的が果たされたようで、とても心地良かった。

 

 

 

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↑長崎と天草の間の海にはこんな小さなイカがたくさんいる。
魚は切り身ではなく、一匹で完結するものは実にうまい。
真子もそうだが、子イカもこれだけで寿司のネタになるから旨い。
小さな魚の醍醐味だ

 

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↑メダカカレイ
小魚の魅力は寿司ネタにすると絶品であること。
長崎~天草の海には大味の大きな魚以外に小魚がたくさんいる。
だからイルカも昔から定住している。世界にほかにない海だ。
天草に生まれて良かった。
長崎に寿司職人のいとこがいて良かった

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↑小魚ほど手がかかる。いとこのター坊の仕事ぶりに感動した。

 

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↑驚かれるかもしれないが、生で皮つきのレンコ鯛の寿司

 

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↑真子が三切れのっている。言うまでもなく絶品

 

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↑奥が一週間寝かせた真子。手前が今日獲れた真子。
交互に何貫も食べた。
今日の富岡港であったことが、この真子のおかげで吹き飛んだ!

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↑天然と養殖の差を激しく感じるのはエビなのかもしれない。

 

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↑当然、近海もの!!!

 

 

 

 

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長崎へ その1.富岡港での衝撃的な出来事

京都の歯科医で、旅行作家の柏井先生は、
何度か長崎の茂木港から天草の富岡港まで船で来られた。

「五足の靴の一行の気分を味わいたくてね」と言われた後、
こんな質問をされたことがあった。

「船上のお客さんは、何の目的の方たちだろう。
観光にもビジネスにも見えない、独特の雰囲気があるのだが」

私は、答えた。
「法事ではないでしょうか。昭和41年に天草五橋ができて、
熊本との交流が活発になる以前は、
天草の人たちの進学や就職、結婚などは長崎との交流が盛んでした。
だから、今でも親戚の交流は法事などで微かに残っているのです」

こんな会話を先生としたなあ、と思い出しながら、
私は、今夏、長崎の叔母の初盆参りに行けなかったので、
一泊で出かけることにした。

富岡港の乗船券発売所で「一人です」と伝えると、
「どっちですか」と初老の係りの人が私に問い返してきた。
「大人です」と言いながら2,000円を渡すと、200円お釣りをくれた。

そして、真顔で
「シルバー割引で、1,800円です」と言うではないか!

私は、笑いながら、
「そんなに見えますか。まだ、54歳ですよ」と言うと、
係りの人は「えっ、私の息子と同じ年ですか!」と、
素っ頓狂な声を出して驚いていた。

そして、こう言って追い討ちをかけてきた。

「苓北町は、今日、敬老の日ですけん、
受付に行けば、祝い餅ばやらすですよ」

笑う以外の反応はできなかった。
船に乗り込んでからも、この驚くべき出来事が頭を離れなかった。
私は、この忌まわしい出来事を必死で忘れようと叔母の息子で、
私と同じ年のター坊が握る寿司のことばかり考えようとした。
うまい真子の握りのことだけを必死に考えた。

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↑天草の富岡港と長崎の茂木港を45分で結ぶ高速船

 

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↑衝撃的な出来事はこの待合所であった

 

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↑65歳以上はシルバー割引で1,800円と書かれている。
しかも年齢を確認できる証明書をご提示くださいとあるのに
証明書なしで200円のお釣りをくれるなんて・・・

 

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↑苓北汽船の方はみんな笑顔で親切だった。
見た目ではなく、親切すぎて割引してくれたのかもしれない、
などと勝手に妄想をして、あのことを忘れようとした。
そういえば、何度も「足元をお気をつけください」と言われたような…

 

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↑この大きな船は熊本県唯一の水産科(天草拓心高校)の実習船「熊本丸」
富岡港のシンボルだ

 

 

 
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吉田山荘 その5.

29歳のときに今、五足のくつが建つ土地を買った。
その翌年、最初の計画を実現すべくチームをつくった。
3年ほど頑張ったが、実現することなくお蔵入りとなった。
その経験から得た最大の反省点は、
「先生」をつくってはだめだ、ということである。

たとえば、そのチームには、
ある有名なコンサルタントに加わっていただいていたが、
その方の発言にはだれもノーとは言えなかった。

なぜかー
先生だからである。

先生の発言の後には、皆、思考停止していた。
柔軟な発想や、面白い意見も先生が否定すると、それは葬り去られた。
だから、五足のくつを造ったチームでは、
コンサルタントにも設計士にもデザイナーにも
「先生」という呼称を使わなかったし、
五足のくつオープン後も
私をはじめスタッフもいわゆる士業の方々に対してさえも
先生という呼称は使わないということを徹底していた。

だが、7,8年ほど前からだろうか、
五足のくつには、たくさんの「先生」が現れるようになった。

つまり、世に言う「先生」に対して、
素直に「先生」と呼ぶことができるようになったということだ。
この件に関して、以前のようなこだわりがなくなったのである。

「私は、なにを頑固に主張していたのだろう」

同じようなことで、五足のくつ建設に関して尽力し、
オープン後も初代支配人を務めてくれた木籔が、
オープン当時、スタッフに強く要求していたことが、
スタッフ間での呼び名は、「~さん」と苗字で呼ぶということだった。
遊びではなく、仕事なのだから。
というのが木籔の主張だった。
私ももっともなことだと、それを断然奨励していた。
そして、それは徹底されていたが、
これもいまや、おぼえているスタッフさえもいないのではなかろうか。
皆、仲良く「~ちゃん」「~くん」と呼び合っている。

「私は、なにを頑固に主張していたのだろう」
京都滞在最後の日の朝、吉田山荘の離れの客室で瞑想していると、
五足のくつの今昔が浮かび上がって来、
それらを眺めるが、やがてすべては溶けていく。

そういえば、この瞑想を始めたのは、
五足のくつがオープンして3、4年経ったころだった。
それまでの旅館伊賀屋の息子「ヒロ坊」から
五足のくつのオーナーへと変わりつつあったころだ。
自分で問題を勝手に作り出し、それに拘泥し、
無駄に忙しくし、心が休まる暇などなかったころのことだ。
新しく出会う人たちが妙に優秀に思えていた。

自分の「できていなさ」を嘆き、
自分を傷つけ続けていた。
この心と感情の連続性を止める必要に駆られていた時に、
この瞑想に出会った。
そして、瞑想を続けることによって、
「~でなければならぬ」をたくさん詰め込んでいた私は今、
少しだけ自由になったように感じる。
ひとつのことを長年続けることで得られるものは僅かであるが、
僅かなものであるからこそ、文字通り、
「有り難い」のであろう。

吉田山荘の本館の前では、
女将さんやお嬢さん、親切な仲居さんが笑顔でお見送りくださった。
私は、歩いて坂道を下りながら、
「旅っていいなあ。今度はどこへ行こうか」
と、ついひとりごとを言った。
「うん?どこかで聞いたことがあるセリフだな」と思った。

それは、五足のくつがオープンした15年前、
ある雑誌の取材を受けた際に私は、
このように答えたのだ。

「私は、お客様がお帰りになるとき、
この五足のくつの急な坂道を降りて、
青い東シナ海を眺めながら、旅っていいなあ。
今度はどこへ行こうかと、呟いてほしいのです」

 

 

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↑吉田山荘の方々と

 

 

 

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吉田山荘 その4.

吉田山荘から歩いて20分ほどで法然院の山門が見えてきた。
その山門の奥にはまるで
テレビ画面のように院内の景色が広がっている。

静かである。

その日は土曜日だったので、
本堂では檀家さんの法要が営まれていたが、
話し声さえ漏れてはこない。

五足のくつの昼下がり、
海が凪のときは、鳥の鳴き声以外は聞こえてこないが、
ここもまったくそうである。

ゆっくり足を踏みしめながら歩き、池のそばに腰を下ろした。
そして、静かに流れる一筋の水の音を聞きながら瞑目した。

幸せだった。

体中の細胞が至福を楽しんでいた。

5

 

↑毎日、酒を飲み、肉を食べる私は
門をくぐることは許されないのだろうが、
門をくぐってしまった

 

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↑上は法然院の山門、↓下は五足のくつの門。
似ているなあと思って、並べてみました

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2

↑上は法然院の鬼瓦、↓下2枚は五足のくつの鬼瓦。
これも似ているなあと思って、並べてみました

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↑上は法然院のハラン、↓下2枚は五足のくつのハラン。
ハランは五足のくつの象徴だといえる植物。
法然院にあることがうれしくなって、並べてみました

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4

↑上は法然院、↓下3枚は五足のくつの路地
雰囲気が似ているなあと思って、並べてみました

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1

 

↑上は法然院の手水鉢、↓下は五足のくつのコレジオの池。
これはまったく似ていません

 

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↑先日、次女の高校の卒業式だった。
私も長女も同じ、真和高校の卒業生であるが、
法然上人を拝みながら、私が法然院に惹かれる理由が
ここにあるのかもしれないと改めて思った。
母校と法然院の関係に、実は初めて気づいた。
修学旅行で知恩院には行ったのだが、法然院へは行かなかった。

 
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吉田山荘 その3.

吉田山荘は、昭和天皇の義理の弟君、
東伏見宮様が京都大学に進学されることが決まってから
建設が始まったという。
竣工は昭和7年である。

その東伏見宮邸が料理旅館吉田山荘の本館であり、
私が泊まらせていただいた離れは、
その後の建設であり、比較的新しい。

本館の二階にある洋室で、
朝日が昇るのを眺めながら朝食をいただいた。
元気がみなぎる朝だ。

「実は、昨年、インドの偉い僧侶が
お付きの方をぎょうさん従えてこの旅館に長期間滞在されたんです。
その僧侶の方は、
お客様がお泊りになられた離れに滞在されていたのですが、
お帰りになった後、
今朝のお客様のように久しぶりにゆっくり休むことができた、
と言われるお客様方が実に多くなりましてね。
やはりご利益があったんやろなあ、
と女将さんや私ども毎日話しているところです」

そういえば、毎朝、毎夕、行っている瞑想も
とても深い体験ができたように感じていた。

後で、女将さんの話を伺うと、
部屋のなかで護摩を焚いたり、毎日浄めの儀式をされていたらしい。
また、食事はお付きの方々が清められた食材を使った
インド料理を毎日作っていたという。
話を聞いていると、とても有難いことのように思えた。
これも何かの縁なのだろう。

とりあえず、その日は歩いて法然院を訪ねることにした。

 

 

2

↑宿泊した離れのお部屋。
本館を予約したのだが、女将がランクアップしてくださった。
ありがたい

3

↑ 離れへと続く路地

1

↑2日目の朝食
初日の朝食の写真を撮り忘れてしまったのだが、
桶に入った湯豆腐がとってもおいしかった。
湯豆腐は二日目も(右側の蓋つきの器の中が湯豆腐)
三日目もいただいた。

 

4

↑3日目の朝食
アジの干物と湯豆腐と、少しのごはん。
ごはんの量が、毎食、絶妙。

 

5

↑東向きの朝食処はとても気持ちがいい。
朝陽に輝く位置に施されたステンドグラスには
カタカタで「フシミ」とデザインされていた。
朝陽ののぼる左には大文字のかがり火が見える

 

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↑以前、宿泊されたというインドのヒンズー教の高僧
昨年、京都で催しがあった際には世界中から
信仰者がたくさん集まり、にぎわったらしい

 

 

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吉田山荘 その2.

清潔感溢れる桧風呂だった。
夕食は、本館の和室でいただいた。

前もって用意された献立を眺めると、
お造りがシビ鮪と書かれている。
もしや、と思い、たずねると、
九州出身の板前さんが何人かいらっしゃるということだった。

天草でも、鮪を食べる習慣はないが、
東シナ海を北上するカツオほどの大きさの鮪が春前に揚がることがあり、
それを九州ではシビと呼んでいる。
一本釣りのシビは、寝かせず新鮮なうちに刺身で食べるが、
まさか京都でこんなにも新鮮なシビが食べられるとは思っていなかった。

「江戸時代の江戸では、すべての鮪のことをシビと呼んでいたそうですよ」
中居さんが教えてくれる。

鯛の造りも絶品だった。
噛んでいるうちに、それは甘さを増していく。
5キロは下らないだろう、と思われる鯛を、
最近では珍しく大き目に引いてあるが、その効果を知っての技である。
丁寧な懐石を全部、平げた。
珍しく、ビールの中便を一本飲んだだけであった。

離れの部屋へ帰ると、
ふんわりした布団に横になったとたん、知らぬうちに眠りに落ちて行った。

翌朝、中居さんに、
「寝床に就いて、こんなに早く眠ることができたのは、少年時代以来ですよ」
と言うと、
「あら、インドの高僧のことは、だれも話してませんでしたか。
実は…..」

 

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↑右側がシビ。
シビも大きく引いてあった。
大きく引いてあるので、口に含むと甘さが増す。
その効果を考えての引き方なんだろう。
料理人の仕事に感心した。

 

 
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吉田山荘 その1.

もう十数年前になるが、ある雑誌を読んでいたら、
次のような文章に出会った。

「京都へ着いたら、先ず法然院へ行く」

一瞬、あり得ないことだが、これは自分が書いた文章かと思った。
私も、京都での一番のお気に入りは、当時、法然院であったからだ。

時間がないときは、タクシーで乗り付け、
時間に余裕があるときは、
哲学の道を歩きながら山門をくぐるのは京都での定番にしていた。

別に多くの寺院、仏閣を巡ったのちの結果ではなく、
最初に訪れたときの印象がとてもよかったからとしかいえない。

先日、京都駅構内のホテルをチエックアウトした後、
久しぶりに法然院へ行きたくなり、
法然院の近くの宿を検索していると「吉田山荘」があった。
以前、『十二の宿』の会合で「旅館すぎもと」の花岡さんが、
「若い頃、吉田山荘へ行ったんだけど、
あの当時は若くて、その価値がわからなかった。
もったいないことをしたなあ」と言うと、
柏井先生が「あそこはいいね。料理がおいしい」
と絶賛されていたので
「研修を兼ねて」この機会に行くことにした。

タクシーに乗り、行先を告げると、
「今日は、聖護院さんの祭なのでちょっと道が混んでいるかもしれません」
「いいですよ。まったく急いでいませんから」

聖護院近くの小道の脇では、餅つきが行われていた。
そして、ぜんざいや甘酒がタダで振舞われていた。

車窓から祭の賑わいを眺めて、少し進むと、
吉田山荘の門が開かれていた。

五足のくつのような急な坂を少し上ると、
黒い法被を羽織った素敵な笑顔の六十代の男性が出迎えてくれた。

「ようこそおいでくださいました」

やはり、旅はいい。
季節の変わり目の晴れた日に、
こうして暖かく迎えてもらえる旅館ってやっぱり素晴らしい!!

 

3
この門をくぐると急な坂が出迎えてくれる。改めて五足のくつの入口の急な坂の効果を思った

 

1
吉田山荘で出迎えてくださった方。毎朝、毎夕、毎夕、いつも本館の前で声をかけてくださった。笑顔が素敵な方だった

 

2
この門は、法隆寺の宮大工職人である西岡常一の作

 

4
聖護院さんのお祭りが行われていた聖護院八つ橋の本店

 

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この通りでふるまい酒や餅つきが行われていた。これは、翌日、散歩した際に撮ったもの

 

 
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長崎へー その3.匠の蔵

九州FM局ネットの番組で、「匠の蔵」という番組がある。
番組が始まって10年というから人気番組である。
内容は、九州各地の様々な職人を匠と呼び、
そのインタビューを放送するのであるが、
なぜか私も、五足のくつの主人として出演させていただいた。

スポンサーは霧島酒造さんで、5年ほど前から、半年に一度、
九州各県の県庁所在地のホテルで同窓会ならぬ「匠のつどい」という
これまでの出演者同士で
霧島酒造さん提供の焼酎を飲みながら親交を深めようという
楽しいつどいを催していただいており、
今回の長崎旅行の目的は、そのつどいに出席するためであった。

実に楽しい一夜であった。
みんなと遅くまで酔っ払い、あまり多くは憶えていない。
朝食会場で顔を合わせても、笑顔で普通である。
気取ったり、自分を大きくみせようという衒いもない。
まさに九州のよか女子(おなご)、よか男のつどいであった。

朝から天候が一変し、春の嵐となった。ある窯元の先生が、
「あんた、天草に行く船は、ひっくりかえらんかい?」
と言われたので、私は、
「今日一日、欠航のごたっですよ」
と、困ったように言うと、
「結構、結構!!」と、笑いながら言われた。
私は、4-5日遊んで帰ろうと思った。

 

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↑霧島酒造の江夏専務の乾杯の挨拶では
毎回、檄が飛ぶ!
「九州を盛り上げるのはあたなたちですよ!」

 

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↑「さあ!飲むぞ」
匠のつどいは、霧島酒造の焼酎が飲み放題なのです!

 

 

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↑第一回から参加させていただいているが、
もう15回になるのかあ

 

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↑私は2005年8月13日の回に出演した。
毎回、参加者に冊子が配られ、私のコーナーでは、
この写真(私が送ったものではあるがピンボケ!)と
この文章でご紹介いただいているのだが、
ページを見るたび、ちょっと恥ずかしくなってきた

 

 

 
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長崎へー その2. わが心の長崎

久し振りの長崎への渡航は、快適だった。
茂木港へ到着すると、タクシーが一台停まっており、
それに乗り込んだ。
車内では、美空ひばりの往年の名曲が鳴り続ける。

「懐かしい曲でしょう。
私は、昭和の名曲から最近のポップスまでのみならず、
子ども用のアニメソングまで用意しているんです。
そして、そのお客さんに合わせて車内で鳴らすんです」
と、自慢そうに運転手さんは言うが、
美空ひばりは、私の母の世代の曲なのであって、
私の世代ではない。まっ、いいか。

「ところで、お客さん、天草はどちらですか」
私が天草人ということは、見抜いているようだ。

「下田です」
「下田なら、私のばあちゃんの出ですよ。
私のばあちゃんは、下田の海のそばのT家ですもん。
よかとこですねえ。小さか頃は、よう遊びに行きよったですよ。
魚のうまかとこですもんね。なつかしかなあ」

「Tさんちなら、後継ぎは、Hさんですね。
私は、よう神社のお世話ばいっしょにしよっですよ」

「後継ぎさんは、もう私んことは、
あんまりおぼえとらっさんじゃろうなあ」
暫し、昔の下田の話に花が咲いた。

やはり、天草人にとって長崎は、懐かしい街である。

最近は、だんだんと天草弁が熊本弁化しつつある。
だから、たまに長崎弁を聞くと、
遠い過去に封印したはずの自分がさらけだされるような乱暴さを感じる。

人前ではしゃべらなくなった言葉が復活するときの魔法。

そのとき、父や母が私とともに生きていた頃、
伊賀屋で忙しく働く両親の、お客様を迎える声や、
常連客と発する突然の笑い声、
私の小学校の入学式のときの母の着物の匂いや、
父が深夜、イカを何匹も釣って来て、
家族で美味しく食べたことなどがリアルに甦るのである。

そうか、長崎に来れば、亡くなった両親に出会えるのだ、と思った。

 

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↑稲佐山からの100万ドルの夜景はモナコ、香港と並び
「世界新三大夜景」と言われているそうだ。
久しぶりに見たは夜景はとてもきれいで輝いていた。
写真が下手で申し訳ないです・・・
実際は、もっともっときれいです!

 

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↑稲佐山からは穏やかな港町の景色が広がっている

 
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