コロナ

連日のコロナウイルスの報道のなか、2月22日、23日の連休は、
五足のくつは、おかげさまで満室だった。
とてもありがたいことである。
これまで、インバウンドのお客様はほとんどなく、
国内のお客様頼りで営業してきたから当然といえばそうかもしれない。

ところで、熊本県内のテレビ、新聞の報道では、
「コロナウイルスの影響で、連日、各地の観光地に人影まばら」などと報道していたが、
驚くべきことに、五足のくつの下のブルーガーデン前の駐車場は
2月23日、24日午後は、いつもの連休と変わらない、
いや、いつも以上の人出だった。
もちろん、だれもマスクなどしていない。
海岸の磯場は、釣り人で賑わっていたし、
そのあと、23日の午後に私は、熊本市へ向かって車を飛ばしたが、
上天草市付近では、渋滞がひどく、
熊本市からの日帰りで天草観光のお客様も多かったことがうかがえた。
さらに、ゴールデンウイークでも、宇土から熊本市への国道が混むことはないのに、
昨日はほとんど車は進めないような込み様だった。

「いったい、どういう人の流れになっているのだろう」
翌日、そのような疑問を抱きつつ、テレビを見ていたら、
八丈島への観光客がなんと通常の4倍に増えている、と報道していた。
八丈島に船で渡り、コロナウイルスへの心配も忘れて、
十日ほど仕事も持ち込んでのんびり滞在する人たちが大勢いるという。
「マスクをしないで、のびのびとエスケープしたいんです」
テレビの画面では、お客様の一人が、白い歯を見せながら笑って言っていた。

熊本市での私の行きつけの角打ち、堤酒店で、
私は、天草や、八丈島の話をした。
すると、マスターが、「大丈夫ですバイ。熊本は気温が上がって、もう春ですもん。
神風が吹いたようなもんでしょう。
あったかくなったら、風邪もひかんようになっでしょう。
熊本城にももうすぐ桜が咲きますけん、
熊本地震も乗り越えてきたじゃなかですか」

店を出ると、たしかに、もう春の風が吹いている。
自然に任せよう、とほくそ笑んだ。

 

 

 

 

K様からのおみやげ

実は、私のこのブログには、検閲者がいる。
支配人の中川である。

いくつか推敲してみた。
数か月前、検閲に引っかかって以来、ブログからも離れていた。
また、再開したい。
どうか、このブログを数か月ぶりにアップして欲しいのだが。

*****

中川でございます。修正に数か月かかりましたが、検閲OKです! よかったら下記のブログをお読みくださいませ

*****

今年の春、五足のくつ創業間もないころからのお客様のK様がいらっしゃった。
K様のご両親は、天草のお生まれで、代々天草に伝わる家柄である。
そこで、K一族の源は、天草である、ということを
東京在住のお子様たちに伝えるために天草に来られているという。
これまではご子息とお嬢様とご一緒だったが
今回は、お孫さんもご一緒で、たいへん賑やかであった。

K様は、写真が趣味で、以前、旅の思い出を写真と文章で綴り、
私どもにプレゼントしてくださったのだが、
今では、五足のくつにとっても大変貴重なアーカイブとなっている。
あらためて、その写真集を開いてみた。
10数年前の料理や施設、スタッフなどが懐かしく、心動かされた。

先々週、K様はチェックインされた後、すぐにコレジオに来られて、
「これ、太郎君に」
と、紙飛行機の組み立てパーツを頂いた。
それは、ブルーインパルスで、防衛省監修の大変立派なものだった。
「今、何年生ですか」
「今度、4年生になります」
「じゃあ、もうなんでも器用に作られるでしょう。
こういうのも楽しんで作られると思いますよ」
さっそく、太郎に電話すると、早く持ってこい、と喜んでいた。

これまでも、ジブリ映画の「風立ちぬ」の貴重な紙飛行機や、
さまざまな組み立て飛行機を頂いた。
K様は、紙飛行機の第一人者で、
国内の飛行機関連の団体の要職も務めていらっしゃるのである。

偶然にも、というか、縁あってというか、
太郎は、小さいころから、飛行機に憧れ、
いろんな飛行機グッズを集めている。
映画「紅の豚」をどれだけ観たことだろう。
今では、セリフさえ正確に覚えている。
k様からいただいた紙飛行機をさっそく袋から取り出し、
楽しそうに作っていた。
「パパ、これ見て」
と言って、学校の図工の時間に作った木製の飛行機も見せてくれた。
なるほど、K様が言われた通り、今度4年だからか、器用に作っている。
私は、太郎と、K様からいただいた紙飛行機を持って、
近くの公園へ行き、飛ばすと、
それは我々の想像をはるかに超えて飛んで行った。
太郎は、飽きることなく、何度もブルーインパルスを放り、
空を見上げ、喜んでいた。

↑K様ご一家 天草の夕陽をご堪能中です

↑その際にK様が撮影なさった写真です

↑ご滞在中、サクラが満開でした。こちらもK様撮影です

 

↑喜ぶ太郎!

↑太郎が作った木製の飛行機

 

What a wonderful world !

昔の梅雨は、毎日のように雨が降っていたように思う。

小学生の私は、シトシト降る雨の音を聞きながら、
もうこのままこの雨は止まないのではないか、
と絶望感のようなものさえ抱いた経験がある。
だから、サマセット・モームが、
雨季のラッフルズホテルのバーで、
来る日も来る日も雨の音を聞きながら酒を飲む姿に共感したし、
ガルシア・マルケスの小説、
雨が降り始めてもう何十年たつだろう、
というような一節にも笑いながら頷くことができた。

ところで、五足のくつのAゾーンは、
雨の降る音を部屋の中で楽しめるようにと、
客室棟の雨樋をわざとつけなかった。

もう20年くらい前のことである。
私は、五足のくつができる前の山のなかに一人いた。
小雨が降っていた。
その音に聞き入るうち、懐かしい思い出が甦ってきた。
それは幼いころの夏休みだった。
私は、姉や弟とともに母の実家に長期間、あずけられた。
そこは、天草の山のなかの一軒家であった。
ある朝、シトシト降る雨が
土の上の水たまりを軽く打つ音の繰り返しを布団のなかで聞きながら、
私は、うっとりとしていた。
その時は、絶望感どころか、
この心地よさが永遠に続いてくれるようにと願ったのだ。

五足のくつでは、50年に一度ともいわれる
この数日間の大雨にもかかわらず、
多くのお客様にお泊りいただいた。

一昨日の7月3日は、
「味の宿」の総会出席のために羽田空港に到着したが、
雨が心配になり、天草にトンボ返りした。
五足のくつに帰ると、さらに強い雨が降るという予報にもかかわらず、
職場のご旅行を楽しまれる方々がいらっしゃった。
こちらのお客様方の夕食の時間には、
予報に反して強烈な太陽が輝いていた。
まぶしくて直視できないほどだった。
綺麗な夕日さえも楽しめた。
さらに南の空には虹が懸かっていた。
なんて素晴らしい世界だろう。

 

 

↑大雨警報に反して天草は夕方から晴れ!神々しい夕日を見ることができた

↑振り返ると山側には虹が!

 

 

蔵々窯 その1.

先月、熊本伝統工芸館で、「天草陶磁器展」が開催された。
春の暖かい風が吹く中、散歩がてらに行ってみた。盛況だった。

お目当ては、蔵々窯のバケツだった。
やはり生で見ると、
ニューヨークの前衛アーティストが造ったような雰囲気があり、
とてもこれが陶器だとは思えない。
バケツの赤も、懐かしいような、新しいような、不思議な感じである。

実は、私は、五足のくつをつくっている最中に、
料理の器を、この蔵々窯が一番イメージが合うと思い、
電話を掛けたことがあった。
しかし、話は進まず、それっきりだった。
そんなことを懐かしく思っていると、
会場の隅で、紙コップのコーヒーを入れてくれた人がいた。
「たしか、五足のくつの方ですか。一度、電話をいただきましたよね」
「覚えてますか。あの時は失礼しました」
会話は進まなかったが、最近の作品に私は見惚れていた。

20数年前、私が五足のくつの敷地に抱いていたイメージは、
ギリシャや古代ローマの円形劇場の風景であった。
ゴツゴツした天草陶石層の乾燥した印象と
青い海と空がそのように思わせたのかもしれない。
そのイメージは、17年前に見た蔵々窯の作品にも通じるものがあったのだ。
なぜか、それっきりになってしまったが、
今回、最近の作品を見て、その進化は、
どことなく五足のくつと似た時の歩みのような気がした。
鮮やかな原色や、エイジングされた雰囲気に
同じ方向を向いていると感じた。

なかなかよかった。
気分を良くして、熊本城を見ながら散歩をし、
城彩苑で、クマハイを飲んだ。球磨焼酎のソーダ割りである。
その日は、新市街の角打ちで楽しんだ。
なぜか散歩中から店のなかでも、サングラスをかけていた。
翌日、それがすでに酔っていた証拠だと気づくとおもしろかった。

翌週、行きつけの上通の堤酒店へ行こうと歩いていると、
なんと蔵々窯の人に会った。
「飲みに行きませんか」
と誘われたので、一緒に堤酒店の暖簾をくぐった。
「あれから一週間、天草には帰らず、友達の家に居候しています。
ずっと天草陶磁器展の会場にいました」という。
そういえば、あの日と同じ格好だ、ということに気づいた。

 

 

 

*****

熊本県・天草市・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州・熊本の雲仙天草国立公園にある、全室源泉かけ流し天然温泉の露天風呂付き離れの宿です。生ウニや伊勢エビやアワビなど、旬の地魚を使った懐石料理や天草産の天草大王・天草黒牛が人気。白秋らの紀行文「五足の靴」が名前の由来。

 

 

いかや7代目の太郎

「それにしても、天草は広いなあ」
と、つくづく実感した。

小学三年生になった、長男太郎がイカを釣りたい、と言い、
釣船を紹介してもらったのだが、
その船長さんが大矢野島の串漁港というところに船を係留しているという。
ふだん、私は天草の隅から隅まで知っているつもりでいるが、
聞いたこともない港だった。

早朝6時に下田温泉の自宅を出て
まだ夜の明けない道を迷いながら、ようやく指定された港に着いた。
朝靄のなかに多くのヨットが係留されている初めて見る串漁港は、
どこか外国の別荘地のような雰囲気のなかなかいい感じの港だった。
やがて、船は出港し、右手に雲仙普賢岳、
左手には、天草上島の普段見慣れていない逆からの風景を眺めながら、
湯島沖合を目指した。

↑朝もやに浮かぶヨットのマストがとてもきれいだった

 

湯島は、別名談合島とも呼ばれる。
1637年、天草島原の乱において、幕府軍の目を逃れて、
天草四郎を中心とする一揆勢は、この湯島で作戦の練合、
つまり談合をしていたという史実からそう呼ばれている。

湯島付近には、今はタイ釣りの船団で賑わっていたが、
我々は、餌木を底に沈めて、モンコウイカを狙う。

「イカを釣りてえ」
と、毎日呪文のように唱えていた太郎が頼もしかった。

いかやの7代目の太郎が、ほかの魚ではなく、
とにかくイカを釣ってみたい、と言うのが私にはうれしかったのだ。

私は、下田温泉の旅館伊賀屋の6代目であるが、
もともとは、江戸時代にイカ専門の海鮮問屋だった。
明治時代になって、いかやという旅館を始めたのだが、後に伊賀屋と改名した。
だから、イカは、山崎家にとっては特別身近な魚で、
私の父もよく自ら船を操って、アオリイカを釣って来、
それは決まって深夜で、母が刺身にしてくれたイカを兄弟争って食べたものだ。
「おいしい、おいしい。やっぱり釣りたてのイカはうまかねえ」と喜びながら。
それは、太郎にも遺伝していた。
太郎が重そうにリールを巻きあげると、いい型のモンコウイカが水を噴出した。
笑顔いっぱいで、「釣れたあ!」と叫ぶ太郎の喜ぶ姿を、私は、目に焼き付けた。
楽しい、実に楽しい休日だった。

↑父は餌木を手作りしていた。餌木を持つ太郎の姿に父を思い出した

 

港に戻ると、私は、太郎に
「今度は、でかいタイを釣りに行こうか」と言うと、
太郎は、「今度はアオリイカを釣りたい!」と言いながら
竿をシュッ、シュッとしゃくって見せた。

↑釣果はモンゴウイカ20杯。家族みんなでイカを楽しんだ

 

*****

熊本県・天草市・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州・熊本の雲仙天草国立公園にある、全室源泉かけ流し天然温泉の露天風呂付き離れの宿です。生ウニや伊勢エビやアワビなど、旬の地魚を使った懐石料理や天草産の天草大王・天草黒牛が人気。白秋らの紀行文「五足の靴」が名前の由来。

風変わりな台風 その2.

昨日、テレビで台風12号の進路図を見ていたら、
深夜に天草を直撃するようだった。
しかし、どうも台風の気配は朝までなかった。
晴れで穏やかな天候であり、海も凪だった。

いったい台風はどうなったのか。

昼過ぎのニュースでは鹿児島沖の東シナ海に鄭愛しているという。
しかし、鹿児島沖が時化ていれば、
天草沖も少しは白波がたつはずだったが、
そのような気配さえ感じられない。

「不思議な台風でいsたねえ」
台風を心配されていたお客様が微笑みながら話しかけてこられた。

「東から西へ向かったり、
進路図では天草を進んでいるのに
どこにもその気配が感じられないし。
でもこの世には分かったつもりでいても
実は分からないことがまだまだたくさんあるんだと思うと、
生きていることが退屈ではなく、楽しくなってきますよ」
とおっしゃられた。

私は日課のスポーツジムへ行った。
駐車すると、目の前に虹を発見した。

新鮮な発見がうれしい一日だった。

 

今朝(2018年7月30日)の五足のくつの海。昨夜の天気予報では天草を直撃したはずなのだが、海はこんなに穏やかだ。不思議ー

 

今朝の天気予報では鹿児島沖に停滞している台風12号。なのにこんなに穏やかな海だ。不思議ー

 

 

夕方、虹を見た! 幸せ~

 

 

 

熊本県・天草市・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州・熊本の雲仙天草国立公園にある、全室源泉かけ流し天然温泉の露天風呂付き離れの宿です。生ウニや伊勢エビやアワビなど、旬の地魚を使った懐石料理や天草産の天草大王・天草黒牛が人気。白秋らの紀行文「五足の靴」が名前の由来。

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風変わりな台風

東から西、地図上では右から左へ移動する
台風の報道をみていると、不思議な感覚に包まれる。

台風というのは、
先に九州で暴風が吹き荒れ、大雨になり、
その後に東へ移動していくのが常であるということに
何の疑問もなく、当たり前であると思っていたからだ。

だから伊豆諸島や東海地方の報道を見ながら、
天草がおだやかな天候であることに
微かな罪悪感さえ感じてしまう。

また、報道によると、
広島や岡山といった大雨による被災地付近で
さらなる大雨に注意が必要という。

この十数年、自然災害が頻発するようになってきた。
私も熊本地震を経験した。

あの頃の風評被害に悩まされた日々を思うと、
つくづく観光は平和産業であると思う。

広島にも岡山にも同業者の仲間がたくさんいる。
一日も早い復興を願うばかりだ。

 

↑天草の海はおだやかで夏空が広がっている

 

 

天草の夏を撮ったある日

先週、天草白鶴浜ビーチの夏の雰囲気は最高だった。

カメラマンのZ氏に夏の天草の写真撮影を依頼していたので、
私も同行したのだ。

「今朝、熊本を出るときは、曇りだったので、
迷ったんですが、やっぱり来てよかったです。
いい写真が撮れそうです」

私は、Z氏の邪魔にならないように海の家で昼寝をすることにした。

セミの鳴き声を聞きながら、ウトウトしていると
海の家のスピーカーから映画「男と女」の主題歌が流れてきた。
この映画のいくつか大事なシーンで
フランス北部のドービルの砂浜が出てくるが、
白鶴浜とよく似ているなあ、と思った。
映画のシーンは冬だったが、
夏になれば、きっとこんな感じなんだろう。
白鶴浜の冬が私は好きでよく訪れるが、
人気のない白砂の海岸で夕方などに
犬を連れた散歩のおじさんなどを見かけると、
たしかにあの映画のワンシーンとそっくりだ、
と何度か思った記憶がある。

静かな波の繰り返しの音が、
午後の昼寝をますます素敵なものにしてくれた。

すっかり気持ちのよくなった私は、
仕事を終えたばかりのZ氏とともに五足のくつへ帰った。

五足のくつでは、チェックインの時刻が近づくと打ち水をする。
それに加えて最近では木々が成長し、
通路は木陰となり、真夏でも涼を楽しめる。
さっきまでの真夏の砂浜の風景から一転して
奥深い森のなかに入り込んだような気になった。

私とZ氏はコレジオで一服し、会話を楽しんだ。
私は、ハイボールを何杯か飲んだころにようやく席を立ち、
夕陽の撮影に同行した。

白い空に丸く赤い太陽が浮かんでいた。
その赤い色は様々な色に微かに微かに変化していく。

おそらくこのような素晴らしい夕陽が見ることができる今の時間は、
五足のくつの下のウッドデッキにもたくさんの人たちがいる。
皆、静かだ。

「また見つかった。何が。永遠が。海に融けこむ太陽が」

このフレーズが私の中で何度も何度も繰り返された。

 

素人の私が撮った写真でもこんなに青い海と空。ぜひ肉眼で見て、感じていただきたい
五足のくつから見た夕暮れー  ランボーの詩が頭の中でリフレインする
五足のくつの森ー

 

 

熊本県・天草市・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州・熊本の雲仙天草国立公園にある、全室源泉かけ流し天然温泉の露天風呂付き離れの宿です。生ウニや伊勢エビやアワビなど、旬の地魚を使った懐石料理や天草産の天草大王・天草黒牛が人気。白秋らの紀行文「五足の靴」が名前の由来。

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予言自己成就の力

毎月定例で行われる熊本日日新聞社主催の情報文化懇話会に出席した。
講演者は、共同通信社の柿崎明二氏である。

正直、私は、講演には期待していなかった。
ただ、講演前の食事がおいしいので、それを目当てであったのだ。
ところが、1時間半の講演はまったく退屈せず、新鮮な情報がいっぱいで、
地方に住む者にとっては興味をそそられる内容であった。
そのなかでひとつ、私が今日は来てよかったな、と思った言葉が
「予言自己成就の力」である。
初めて聞く言葉であった。柿崎さんは言う。

「これまでさまざまな政党、政治団体をはじめ組織の取材をしてきましたが、
予言自己成就の力は真実であると思います。
これは、社会心理学では通説となっておりますが、
組織の成員がその組織を不安に感じ、絶望し始めると、
必ずその組織は破滅します。
ところが、周囲がこの組織は、もう先がないと思っても、
その組織の成員が希望を持ち、前向きに振舞うと、
必ず復活し、栄える」というのである。

実に面白い。

調べてみると、個人であっても、個人が属する組織についても、
「駄目だ」と思い、予測すると、
そのような言動をするから、その予測が当たる結果を作ってしまう。
逆に、どのような逆境であっても、
積極的な言動をすると、その結果を引き寄せる、ということらしい。

私は、このような素晴らしい説が、すでに社会心理学の世界においては、
通説となっているということに驚いたし、
不勉強な自分を猛省した。

今、衆議院解散の速報が流れた。
政局は、柿崎氏の言う通りになってきた。
また、この方の話を聞いてみたいものだ。

 

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天草南蛮柿

「天草では、イチジクのことを南蛮柿と呼ぶんですね。
今、いただいた夕食の献立のデザートに
『南蛮柿のコンポート』と書いてあるから何のことだろうと思って、
係りの人に聞いたらイチジクっていうじゃない。
無花菓って書くことは知っていたけれども、
南蛮柿って書くのは初めて知ったわ」

夕食から戻られ、バーに立ち寄られたお客様が
支配人の中川とカウンター越しに会話を楽しまれている。

中川は、
「天草では、キリスト教が伝来した頃に、
ヨーロッパの宣教師からイチジクはもたらされたものと伝えられておりまして、
その言い伝えから南蛮柿と呼ぶようになったと聞いています。
明治期以降、禁教令が解かれて以降は、
フランスの宣教師が来られるようになりましたが、
﨑津教会に赴任されたハルプ神父様は、
じゃがいもやクレソンを伝えて下さいました。
じゃがいもは、せんだご汁として今も天草の家庭料理としてポピュラーですし、
クレソンは天草各地で自生していて
最初は胃腸薬として教えていただいたそうですよ。
クレソンのことは天草では『西洋セリ』と呼んでいます。
きっとセリのように川辺に自生するからでしょうね」

「あら、今日行った大江教会の神父様も
フランスから来られたという説明をうけましたよ」

「そうです。ガルニエ神父様もフランスから来られて
大江の地で亡くなりました。
その頃、まだ15,6歳のフランスの神学校で学んだ宣教師が
世界各地に派遣されたらしいのですが、
その半数は、航海途中に亡くなられたそうです。
そして、それぞれの赴任地か
ら一生フランスに帰ることなく亡くなられていたそうです」

「天草って独特の奥深い歴史があるみたいね。また、来てみたいわ」

「ちょうど今、天草南蛮柿フェアというのを
市内のお菓子屋さんでやってますから
明日、イルカウオッチングの後にでも行かれてみたらいかがでしょう」

「そうね、何軒か回ってみようかしら」

天草での数百年以前の出来事が
今なお、私たち天草人の生活を潤してくれていることが私には感動的だった。
天草に生まれた私は、天草を表現した宿をつくることができて、
そこに全国からお客様がお越しくださる。
こんな幸せ者はそういないのではなかろうか。

感謝だ!!

 

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↑五足のくつで出しているデザート「南蛮柿コンポート」

 

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↑ケーキショップ『維新の蔵』の南蛮柿ロールケーキ

 

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↑黒瀬製菓舗へお彼岸のお菓子を買いに行った。南蛮柿フェアでにぎわっていった

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↑黒瀬製菓舗の南蛮柿入りどら焼。どら焼きは母の好物だった

 

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↑天草の中心部にあるケーキ屋「季の実」の南蛮柿入りのバスク

 

 

 

 
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