K様からのおみやげ

実は、私のこのブログには、検閲者がいる。
支配人の中川である。

いくつか推敲してみた。
数か月前、検閲に引っかかって以来、ブログからも離れていた。
また、再開したい。
どうか、このブログを数か月ぶりにアップして欲しいのだが。

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中川でございます。修正に数か月かかりましたが、検閲OKです! よかったら下記のブログをお読みくださいませ

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今年の春、五足のくつ創業間もないころからのお客様のK様がいらっしゃった。
K様のご両親は、天草のお生まれで、代々天草に伝わる家柄である。
そこで、K一族の源は、天草である、ということを
東京在住のお子様たちに伝えるために天草に来られているという。
これまではご子息とお嬢様とご一緒だったが
今回は、お孫さんもご一緒で、たいへん賑やかであった。

K様は、写真が趣味で、以前、旅の思い出を写真と文章で綴り、
私どもにプレゼントしてくださったのだが、
今では、五足のくつにとっても大変貴重なアーカイブとなっている。
あらためて、その写真集を開いてみた。
10数年前の料理や施設、スタッフなどが懐かしく、心動かされた。

先々週、K様はチェックインされた後、すぐにコレジオに来られて、
「これ、太郎君に」
と、紙飛行機の組み立てパーツを頂いた。
それは、ブルーインパルスで、防衛省監修の大変立派なものだった。
「今、何年生ですか」
「今度、4年生になります」
「じゃあ、もうなんでも器用に作られるでしょう。
こういうのも楽しんで作られると思いますよ」
さっそく、太郎に電話すると、早く持ってこい、と喜んでいた。

これまでも、ジブリ映画の「風立ちぬ」の貴重な紙飛行機や、
さまざまな組み立て飛行機を頂いた。
K様は、紙飛行機の第一人者で、
国内の飛行機関連の団体の要職も務めていらっしゃるのである。

偶然にも、というか、縁あってというか、
太郎は、小さいころから、飛行機に憧れ、
いろんな飛行機グッズを集めている。
映画「紅の豚」をどれだけ観たことだろう。
今では、セリフさえ正確に覚えている。
k様からいただいた紙飛行機をさっそく袋から取り出し、
楽しそうに作っていた。
「パパ、これ見て」
と言って、学校の図工の時間に作った木製の飛行機も見せてくれた。
なるほど、K様が言われた通り、今度4年だからか、器用に作っている。
私は、太郎と、K様からいただいた紙飛行機を持って、
近くの公園へ行き、飛ばすと、
それは我々の想像をはるかに超えて飛んで行った。
太郎は、飽きることなく、何度もブルーインパルスを放り、
空を見上げ、喜んでいた。

↑K様ご一家 天草の夕陽をご堪能中です

↑その際にK様が撮影なさった写真です

↑ご滞在中、サクラが満開でした。こちらもK様撮影です

 

↑喜ぶ太郎!

↑太郎が作った木製の飛行機

 

What a wonderful world !

昔の梅雨は、毎日のように雨が降っていたように思う。

小学生の私は、シトシト降る雨の音を聞きながら、
もうこのままこの雨は止まないのではないか、
と絶望感のようなものさえ抱いた経験がある。
だから、サマセット・モームが、
雨季のラッフルズホテルのバーで、
来る日も来る日も雨の音を聞きながら酒を飲む姿に共感したし、
ガルシア・マルケスの小説、
雨が降り始めてもう何十年たつだろう、
というような一節にも笑いながら頷くことができた。

ところで、五足のくつのAゾーンは、
雨の降る音を部屋の中で楽しめるようにと、
客室棟の雨樋をわざとつけなかった。

もう20年くらい前のことである。
私は、五足のくつができる前の山のなかに一人いた。
小雨が降っていた。
その音に聞き入るうち、懐かしい思い出が甦ってきた。
それは幼いころの夏休みだった。
私は、姉や弟とともに母の実家に長期間、あずけられた。
そこは、天草の山のなかの一軒家であった。
ある朝、シトシト降る雨が
土の上の水たまりを軽く打つ音の繰り返しを布団のなかで聞きながら、
私は、うっとりとしていた。
その時は、絶望感どころか、
この心地よさが永遠に続いてくれるようにと願ったのだ。

五足のくつでは、50年に一度ともいわれる
この数日間の大雨にもかかわらず、
多くのお客様にお泊りいただいた。

一昨日の7月3日は、
「味の宿」の総会出席のために羽田空港に到着したが、
雨が心配になり、天草にトンボ返りした。
五足のくつに帰ると、さらに強い雨が降るという予報にもかかわらず、
職場のご旅行を楽しまれる方々がいらっしゃった。
こちらのお客様方の夕食の時間には、
予報に反して強烈な太陽が輝いていた。
まぶしくて直視できないほどだった。
綺麗な夕日さえも楽しめた。
さらに南の空には虹が懸かっていた。
なんて素晴らしい世界だろう。

 

 

↑大雨警報に反して天草は夕方から晴れ!神々しい夕日を見ることができた

↑振り返ると山側には虹が!

 

 

蔵々窯 その1.

先月、熊本伝統工芸館で、「天草陶磁器展」が開催された。
春の暖かい風が吹く中、散歩がてらに行ってみた。盛況だった。

お目当ては、蔵々窯のバケツだった。
やはり生で見ると、
ニューヨークの前衛アーティストが造ったような雰囲気があり、
とてもこれが陶器だとは思えない。
バケツの赤も、懐かしいような、新しいような、不思議な感じである。

実は、私は、五足のくつをつくっている最中に、
料理の器を、この蔵々窯が一番イメージが合うと思い、
電話を掛けたことがあった。
しかし、話は進まず、それっきりだった。
そんなことを懐かしく思っていると、
会場の隅で、紙コップのコーヒーを入れてくれた人がいた。
「たしか、五足のくつの方ですか。一度、電話をいただきましたよね」
「覚えてますか。あの時は失礼しました」
会話は進まなかったが、最近の作品に私は見惚れていた。

20数年前、私が五足のくつの敷地に抱いていたイメージは、
ギリシャや古代ローマの円形劇場の風景であった。
ゴツゴツした天草陶石層の乾燥した印象と
青い海と空がそのように思わせたのかもしれない。
そのイメージは、17年前に見た蔵々窯の作品にも通じるものがあったのだ。
なぜか、それっきりになってしまったが、
今回、最近の作品を見て、その進化は、
どことなく五足のくつと似た時の歩みのような気がした。
鮮やかな原色や、エイジングされた雰囲気に
同じ方向を向いていると感じた。

なかなかよかった。
気分を良くして、熊本城を見ながら散歩をし、
城彩苑で、クマハイを飲んだ。球磨焼酎のソーダ割りである。
その日は、新市街の角打ちで楽しんだ。
なぜか散歩中から店のなかでも、サングラスをかけていた。
翌日、それがすでに酔っていた証拠だと気づくとおもしろかった。

翌週、行きつけの上通の堤酒店へ行こうと歩いていると、
なんと蔵々窯の人に会った。
「飲みに行きませんか」
と誘われたので、一緒に堤酒店の暖簾をくぐった。
「あれから一週間、天草には帰らず、友達の家に居候しています。
ずっと天草陶磁器展の会場にいました」という。
そういえば、あの日と同じ格好だ、ということに気づいた。

 

 

 

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熊本県・天草市・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州・熊本の雲仙天草国立公園にある、全室源泉かけ流し天然温泉の露天風呂付き離れの宿です。生ウニや伊勢エビやアワビなど、旬の地魚を使った懐石料理や天草産の天草大王・天草黒牛が人気。白秋らの紀行文「五足の靴」が名前の由来。

 

 

ある会合でのこと

もう10年ぶりではないだろうか、
熊本県環境衛生同業組合の懇親会に呼ばれ出席した。
旅館の主人の集まりだが、メンバーもけっこう入れ替わっていた。

私は、前の席の人と、名刺交換すると、
「ああ、写真家の松隈から
五足のくつによく撮影に行くよと聞いていましたよ。
彼とは、中学校から高校まで6年間、寮で一緒でしたから」
「マリスト学園ですか」
「そうです。山崎さんは、高校は?」
「熊本の真和です。じゃあ、一口、知ってますか」
「同級生でした。寮でも一緒でした」
「じゃあ、私たち松隈も一口も山崎さんも皆、同級生だったんですね」
と言いながら、携帯を取り出し、一口に電話をかけ、
「今、五足のくつの山崎さんと一緒に飲みよるばってん、
二次会は、八代でお前と飲むばい。ワッ、ハッ、ハッ」
と告げて、豪快に笑い、
「一口は、今、熊本銀行の八代支店長ばしよるですもん。
よか男ですたい。幼稚園と小学校が一緒で、
家も隣でしたから、一番の同級生ですよ」
「私も一口とは、年に3回くらいは飲みますよ。
真和の同級生たちと一緒に」
「私の息子も真和だったですばい。高校は。
中学から寮に入れとったです。
今年、ようやく大学ば卒業すっとですよ」
「えっ、今年、大学卒業なら、私の娘と同級生ですばい。
娘も真和中、高ですよ」
私が驚いて、そう告げると、その人は、
「こがん共通する話題で盛り上がったとは初めてですばい。
今後もよろしくお願いします」

飲みながら、さらに話し込んでいくと
私の高校時代の先輩数人との付き合いがあるらしく、
盛り上がりは欠ける間もなく楽しい夜だった。

帰宅して、頂いた名刺を改めて見ると、創業明治12年とあった。
住所を見ると、佐敷とある。

思い起こせば、すでに40年が経過しているのだが、
高校二年生の夏だった。
佐敷にある、一口の自宅に泊まらせてもらったことがある。
料理屋の女将さんでもあった彼のお母さんに
おいしいものを皆でたくさん頂いた。
無邪気に楽しかった。
思い出に残る、その夏の日を、
私はなんどもなんども反芻し、心行くまで楽しんだ。

 

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熊本県・天草市・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州・熊本の雲仙天草国立公園にある、全室源泉かけ流し天然温泉の露天風呂付き離れの宿です。生ウニや伊勢エビやアワビなど、旬の地魚を使った懐石料理や天草産の天草大王・天草黒牛が人気。白秋らの紀行文「五足の靴」が名前の由来。

ゴミひとつない西平椿公園 

お客様によくこのような質問を受ける。
「こんなに山の中で、よく旅館をしようと思われましたね。
管理が大変でしょう?」と。
決まって私は、笑いながらこのように答える。
「とにかく葉っぱの処理が大変です」

昨年10月にアルバイトで入社してくれた三上君という
18歳の男性が外回りの清掃を中心とした業務で大活躍してくれた。
ちょうどそのころ、
マキノという会社から電動のブロアが発売され、購入した。
風力を利用して葉っぱを飛ばしながら、一か所に集めて処理するのだが、
若い三上君は有り余る体力と仕事に対する真面目さで、
いつもこのブロアを片手に葉っぱの処理を実によくやってくれた。
その三上君が事情により先月末で退職することとなり、
困っていたところ、近くの富岡から応募してくれた方々がいた。
二人は義理の兄弟で、若いころ、大阪で共に中華料理店を営まれていたらしい。
たしか、77歳と75歳と高齢だが、髪は職人らしく短く刈り込み、
服装も面接のときは、スーツ姿だった。
なによりも、背筋がピンとしていて頼もしい。
三上君から仕事を引き継ぎ、元気にブロア片手に
葉っぱの処理に精を出してもらっている。

ところで、3月3日、西平椿公園で「あったか天草椿まつり」が開催された。
天草に春をつげる催しだ。
たいへん賑わったらしい。

私は先日の撮影会でこの公園を訪れたときのことを思い出した。
カメラマンとともにそうとうな距離を歩いたが、
どこもかしこも「ゴミひとつない」徹底したきれいな環境づくりをしてある。
これは、一朝一夕にできるような掃除ではない。

この集落の人たちは、古くから自生するヤブツバキを大切にしてきた。
搾油した椿油は、当時、高値で取引され、生活の糧でもあった。
平成の大合併以前の天草町時代には、西平椿公園として整備され、
ささやかな搾油の工場も新設された。
また、眼前に見える大ヶ瀬、小ヶ瀬付近の豊饒の海は、
熊本県下初の海中公園にも指定されている。
現在、この公園は、集落の有志の人たちが天草市の指定管理者となり、
一帯の面倒を見られている。
もう老人といってもいいような方々ばかりだ。
しかし、その仕事ぶりは、若い者に負けてはいない。
いや、これまでの人生で確実に実を績んできた者にしか、
このような根気のいる仕事はできないのかもしれない。

私は、鏡の前に立ち、自分の顔をしげしげと眺めた。
今年で、五足のくつは17周年を迎える。
それは、確かな時の流れだった。
その時の流れは、
私の顔にしわの一本一本となって刻まれているのを確認した。

 

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熊本県・天草市・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州・熊本の雲仙天草国立公園にある、全室源泉かけ流し天然温泉の露天風呂付き離れの宿です。生ウニや伊勢エビやアワビなど、旬の地魚を使った懐石料理や天草産の天草大王・天草黒牛が人気。白秋らの紀行文「五足の靴」が名前の由来。

アコウの木

天草大江の西平椿公園の「石を抱くアコウの木」が今、SNSで話題となっている。
映画「天空の城 ラピュタ」に登場する木に似ているところから、
「ラピュタの木」と呼ばれ、パワースポットにもなっているそうだ。

今から10年ほど前、
私は、雑誌の取材のロケハンに同行して、天草を案内した。
その折、この「ラピュタの木」の横を歩いて、
その下に広がる海岸を撮影したらどうか、という提案をしようと思っていた。
ところが、一緒に歩いていたカメラマンが、突然、声を張り上げた。

「編集長!この木の特集版にしましょうよ。
これは凄い。生命力が尋常じゃあない。
木に籠る意志の力というか、大自然の怒涛のパワーが訴えかけてくる。
これは凄いですよお」
と言いながら、シャッターを切り始めた。

私は、それまでこの木を特別意識したことはなかったが、
言われてみると、
たしかになんらかの意志のようなものが感じられるような気もした。

結局、その雑誌で、
「ラピュタの木」が採用されることはなかったけれども、
あらためて、天草にとってアコウの木というのは、
特別な意味があるのだ、と思った。

昔、天草の港には、必ず立派なアコウの木が育っていた。
根強い力があるので、船を係留する目的で、植えられていたのだ。
だから、五足のくつの門の前にもアコウの木を植えて、永年の繁栄を祈願した。
今では、大いに成長し、よくお客様に
「この木は、初めて見ますが、なんという木ですか」と尋ねられる。

↑五足のくつのエントランスにあるアコウの木

 

春と秋の二回、葉が落ちてわずかな間、ピンクの花が咲くが、
すぐ散って、すぐに実がなる。そしてぐんぐん大きくなる。

そっと木肌に触れてみた。
指先から、「交歓」という普段使いなれない単語が伝わってきた。

共に生きる、貴重な存在だ。

 

 

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熊本県・天草市・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州・熊本の雲仙天草国立公園にある、全室源泉かけ流し天然温泉の露天風呂付き離れの宿です。生ウニや伊勢エビやアワビなど、旬の地魚を使った懐石料理や天草産の天草大王・天草黒牛が人気。白秋らの紀行文「五足の靴」が名前の由来。

西平椿公園

昭和50年代のことである。
ある大手旅行会社の熊本支店長に着任された方を
天草町観光課職員が西平椿公園に案内したところ、
その支店長さんは公園の駐車場に到着早々、
車から慌てて降りるなり、両手を大きく広げて、
「素晴らしい!!」と叫んだという。
「何だ、この雄大な景色は!」と、興奮し、
そして、「素晴らしい!」を繰り返したという。


興奮が鎮まったところを見計らい、観光課職員は説明をはじめた。
「あれが大ヶ瀬です。九州の釣り人の憧れの瀬で、
九州場所のお相撲さん方が食べるアラ(クエ)も、
ここで釣ったものが多いらしいです」
などと、当たり障りのない話をしていると、
その支店長さんは、このような話をはじめられたそうだ。

「昭和41年、天草五橋開通時に、
天草の観光客数と阿蘇の観光客数はほぼ同数でした。
しかし、その後、逆転し、阿蘇の観光客数は順調な伸びを見せましたが、天
草は阿蘇の陰に隠れる格好の観光統計のグラフになって現在に至っています。
私たちの社内会議でもそういった話題が出るのですが、
皆、やはり阿蘇の世界的に雄大なカルデラの景色には天草は勝てないだろうあ、
という結論で終わっていたのです。
しかし、今、私の目の前に広がる東シナ海に浮かぶ
大ヶ瀬、小ヶ瀬を含めたこの大自然の景色は、まさに世界的です!
素晴らしい!
この絶景を多くの旅行者に知らせましょうよ。
これは天草だけではなく、日本の財産ですよ」

当時は、旅行者の支店長であれば、地元の旅館で接待するのが常であった。
懇親会の席上でも、支店長さんの「絶景への興奮」は冷めやらなかったという。
大ヶ瀬を眼前にすると、いつもこの支店長さんの話を思い出す。

↑写真・左の奇岩が大ケ瀬。大ケ瀬を眺めながらのお弁当は幸せだ

久しぶりに、西平公園を訪れた。弁当を携えての撮影会である。
今、SNSで話題の「ラピュタの木」、
石を抱くアコウの木を撮りに来たのだ。
この木を見るたびに思い起こす話は次回にしよう。

 

 

 

 

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熊本県・天草市・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州・熊本の雲仙天草国立公園にある、全室源泉かけ流し天然温泉の露天風呂付き離れの宿です。生ウニや伊勢エビやアワビなど、旬の地魚を使った懐石料理や天草産の天草大王・天草黒牛が人気。白秋らの紀行文「五足の靴」が名前の由来。

 

 

いかや7代目の太郎

「それにしても、天草は広いなあ」
と、つくづく実感した。

小学三年生になった、長男太郎がイカを釣りたい、と言い、
釣船を紹介してもらったのだが、
その船長さんが大矢野島の串漁港というところに船を係留しているという。
ふだん、私は天草の隅から隅まで知っているつもりでいるが、
聞いたこともない港だった。

早朝6時に下田温泉の自宅を出て
まだ夜の明けない道を迷いながら、ようやく指定された港に着いた。
朝靄のなかに多くのヨットが係留されている初めて見る串漁港は、
どこか外国の別荘地のような雰囲気のなかなかいい感じの港だった。
やがて、船は出港し、右手に雲仙普賢岳、
左手には、天草上島の普段見慣れていない逆からの風景を眺めながら、
湯島沖合を目指した。

↑朝もやに浮かぶヨットのマストがとてもきれいだった

 

湯島は、別名談合島とも呼ばれる。
1637年、天草島原の乱において、幕府軍の目を逃れて、
天草四郎を中心とする一揆勢は、この湯島で作戦の練合、
つまり談合をしていたという史実からそう呼ばれている。

湯島付近には、今はタイ釣りの船団で賑わっていたが、
我々は、餌木を底に沈めて、モンコウイカを狙う。

「イカを釣りてえ」
と、毎日呪文のように唱えていた太郎が頼もしかった。

いかやの7代目の太郎が、ほかの魚ではなく、
とにかくイカを釣ってみたい、と言うのが私にはうれしかったのだ。

私は、下田温泉の旅館伊賀屋の6代目であるが、
もともとは、江戸時代にイカ専門の海鮮問屋だった。
明治時代になって、いかやという旅館を始めたのだが、後に伊賀屋と改名した。
だから、イカは、山崎家にとっては特別身近な魚で、
私の父もよく自ら船を操って、アオリイカを釣って来、
それは決まって深夜で、母が刺身にしてくれたイカを兄弟争って食べたものだ。
「おいしい、おいしい。やっぱり釣りたてのイカはうまかねえ」と喜びながら。
それは、太郎にも遺伝していた。
太郎が重そうにリールを巻きあげると、いい型のモンコウイカが水を噴出した。
笑顔いっぱいで、「釣れたあ!」と叫ぶ太郎の喜ぶ姿を、私は、目に焼き付けた。
楽しい、実に楽しい休日だった。

↑父は餌木を手作りしていた。餌木を持つ太郎の姿に父を思い出した

 

港に戻ると、私は、太郎に
「今度は、でかいタイを釣りに行こうか」と言うと、
太郎は、「今度はアオリイカを釣りたい!」と言いながら
竿をシュッ、シュッとしゃくって見せた。

↑釣果はモンゴウイカ20杯。家族みんなでイカを楽しんだ

 

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風変わりな台風 その2.

昨日、テレビで台風12号の進路図を見ていたら、
深夜に天草を直撃するようだった。
しかし、どうも台風の気配は朝までなかった。
晴れで穏やかな天候であり、海も凪だった。

いったい台風はどうなったのか。

昼過ぎのニュースでは鹿児島沖の東シナ海に鄭愛しているという。
しかし、鹿児島沖が時化ていれば、
天草沖も少しは白波がたつはずだったが、
そのような気配さえ感じられない。

「不思議な台風でいsたねえ」
台風を心配されていたお客様が微笑みながら話しかけてこられた。

「東から西へ向かったり、
進路図では天草を進んでいるのに
どこにもその気配が感じられないし。
でもこの世には分かったつもりでいても
実は分からないことがまだまだたくさんあるんだと思うと、
生きていることが退屈ではなく、楽しくなってきますよ」
とおっしゃられた。

私は日課のスポーツジムへ行った。
駐車すると、目の前に虹を発見した。

新鮮な発見がうれしい一日だった。

 

今朝(2018年7月30日)の五足のくつの海。昨夜の天気予報では天草を直撃したはずなのだが、海はこんなに穏やかだ。不思議ー

 

今朝の天気予報では鹿児島沖に停滞している台風12号。なのにこんなに穏やかな海だ。不思議ー

 

 

夕方、虹を見た! 幸せ~

 

 

 

熊本県・天草市・下田温泉の旅館「五足のくつ」は、九州・熊本の雲仙天草国立公園にある、全室源泉かけ流し天然温泉の露天風呂付き離れの宿です。生ウニや伊勢エビやアワビなど、旬の地魚を使った懐石料理や天草産の天草大王・天草黒牛が人気。白秋らの紀行文「五足の靴」が名前の由来。

7月〜8月中旬までは「とろける生ウニまつり」開催中! ⇒⇒

 

 

風変わりな台風

東から西、地図上では右から左へ移動する
台風の報道をみていると、不思議な感覚に包まれる。

台風というのは、
先に九州で暴風が吹き荒れ、大雨になり、
その後に東へ移動していくのが常であるということに
何の疑問もなく、当たり前であると思っていたからだ。

だから伊豆諸島や東海地方の報道を見ながら、
天草がおだやかな天候であることに
微かな罪悪感さえ感じてしまう。

また、報道によると、
広島や岡山といった大雨による被災地付近で
さらなる大雨に注意が必要という。

この十数年、自然災害が頻発するようになってきた。
私も熊本地震を経験した。

あの頃の風評被害に悩まされた日々を思うと、
つくづく観光は平和産業であると思う。

広島にも岡山にも同業者の仲間がたくさんいる。
一日も早い復興を願うばかりだ。

 

↑天草の海はおだやかで夏空が広がっている